Brindisi

Brindisi

説明

プーリア地方の県庁所在地の一つであるブリンディシはアドリア海に面した自然港を中心に発達した町で、人口は約8万9793人 です。サレント平野の北西に位置するブリンディシ平野には広大な農業地帯が広がり、特に野菜、葡萄、果樹、オリーブの栽培が盛んに行われています。
伝説によれば、ブリンディシはヘラクレスの息子であるブルントによって作られた町だと言われていますが、より信憑性のある説によると紀元前8世紀にメッサーピ人によって建設されたとされています。町の名前の由来はメッサーピ語ブルンダ(鹿の頭)から取られたもので、古くからアドリア海の中でも格別安全な港であったブリンディシの入り江の形からつけられた名前だとされています。ブリンディシは現在でも東洋に開かれた門の一つである伝統を失わず文化、民族が入り混じる場所であり続けています。

見どころ

ブリンディシは町の歴史と往来した民俗の軌跡を忍ばせてくれるモニュメントをたくさん残す町の一つです。
町のシンボルはトルコからやってきた二本のローマ柱標 です。完全な形で残っているのは一本だけですが、紀元2世紀に建てられたこの柱標は、往時、古代の船乗りたちの目印として使われていました。ドゥオモ広場に向かって歩いていくと、現在ではリベッツォ美術館 の入り口となっている14世紀に作られたテンプル騎士団の柱廊 があります。美術館内にはブリンディシ周辺で出土された多数の考古学資料が陳列されていますが、中でも貴重なのはブリンディシの港を描いたトライアーノ柱標 の鋳型です。
ブリンディシには伝染病が町を襲った後に、ペドロ・アロイシオ・デ・トーレス隊長によって作られたたくさんの泉があります。中でも町の統治者の覚書が刻まれた大理石のヴィットーリア広場の泉、最後のノルマン王タンクレディが息子の結婚を祝うために修復した古代ローマ時代の泉に起源を発するタンクレディの泉 、照明が美しい1937年に作られたアルコレの泉 が代表的です。
台形の基盤と角型の塔を持つ荘厳なズヴェーヴォ城 はホーエンシュタウフェン朝のフリードリッヒ二世によって建設されました。「陸の城」という通称で呼ばれることもあります。1813年にはジョアキーノ・ムラによって牢獄として改造され、第一次、第二次大戦時には海軍基地として使用されました。ヴィットーリオ・エマヌエレ三世が海軍基地に滞在したときはブリンディシがイタリアの首都とされたこともありました。港の小島には1491年にアラゴン王朝フェルディナンド一世が海上防衛のために建設したアラゴン城 がそびえています(ズヴェーヴォ城に対して「海の砦」という名で呼ばれる)。
数ある教会の中で注目に値するのはロマネスク様式でありながら1600年代のスタイルのファサードを持つカテドラル(聖テオドーロの遺物を納めた銀の棺を奉納)、ノルマン人伯爵ゴッフレードとシゲルガイタによって建立された聖ベネデット教会(人間と空想的動物が戦うシーンを描いた正面扉が特徴)、12世紀初めに建立された聖墓の聖ジョヴァンニ教会 、リナルド・ダ・ターラントの筆によるフレスコ画を多数安置する1300年代建立のカサーレの聖女マリア教会 , 16世紀に建立された三位一体教会 とその地下礼拝堂、1609年に聖ロレンツォのために建立された聖女マリアと天使教会,(聖フランチェスコ、聖女キアラ、福音史家を描いた木製の扉、聖ロレンツォの遺物が特徴)などです。

イベント

  • 聖体節:騎馬行進
  • 9月の第一土曜日:聖テオドーロと聖ロレンツォのための海上パレード 
  • 9月の第一週:聖テオドーロの祝日(イルミネーション、屋台、音楽、花火)

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